怪獣万歳!

muho2’s diary

小説を書いて暮らしている大倉崇裕です。怪獣が3度の飯より好きです。政治的な発言は控えていましたが、保険証廃止の動きで頭が沸騰し、しばらく叫き続けていきます。自分自身大病もしたし、12年間親の介護もしました。その経験からも、保険証は廃止しちゃダメ。絶対!

介護で憤激

  • 身内は最近落ち着いてきた。ようやく症状にあう薬が見つかり、副作用もなくなり、ヘルパーさんたちもすごく良くしてくれてホッと一息。ではあるのだけれど、最近、親類や身内の友人が介護用品などをあれこれ送ってくる。事前に身内に確認したうえ送っているものもあるのだが、いさ到着したとき、身内の記憶はおぼろげになっている。送る側はそういうことを認識しているのだろうか。しかも、送ってくるものにはしっかり値札がついている。重病人にいきなり大量の介護用品を送りつけてきて、金を払えってか? お見舞いじゃないのかよ。そんなの、親切の押し売りじゃないか。頼んだ覚えのない品物が届いたと電話が来ては出かけて行って中身を確認し、入り用なものと返品するものを分け、新しい箱に詰め替え、金額をきっちり揃えて入れ、送料こっち持ちで雨の中、箱をコンビニまで持っていく。それらをするのは、すべて私である。憤激。使えそうなものが数点あったので身内の許に置いてきたが、金は払わないからな。駄賃として頂戴しておくぜ。アクティックギアのスコープドッグに変わっちまったよ。
  • そんなこんなで、半日が潰れる。仕事もできず。親戚、友人の皆様、余計な親切心は無用です。こちらがせっぱ詰まったとき、誰もこちらの頼みをきいてはくれなかったくせに。頼みもしないのに何かされると、私の負担が増える。どうか、何もしないでいただきたい。
  • 少し前、介護の愚痴は生々しいし痛々しいので読みたくないとのご意見を数人の方から頂戴した。でも、これが介護の現実ですから。テレビや本などで介護に救いがあるかのように言っているものがあるが、そんなの嘘。無責任極まりないことだと思う。介護には救いも希望もない。一度介護が始まったら、その人の人生はそこで終わると思っていた方がいい。だからこそ、介護が始まる前に手を打っておく必要があるし、そうしておけば、介護が終わったとき、新しい人生を営めるはずだ。介護に唯一の救いがあるとすれば、「介護はいつか終わる」ということだ。そこまでが長いか短いかは、運である。