怪獣万歳!

muho2’s diary

小説を書いて暮らしている大倉崇裕です。怪獣が3度の飯より好きです。政治的な発言は控えていましたが、保険証廃止の動きで頭が沸騰し、しばらく叫き続けていきます。自分自身大病もしたし、12年間親の介護もしました。その経験からも、保険証は廃止しちゃダメ。絶対!

カジノロワイヤルとポカダがすねている

Muho2007-05-28

  • 007「カジノロワイヤル」のDVD観賞。007シリーズとしては初めて劇場で見損ねた、評判が良かっただけに、痛恨だった。
  • 噂通りの傑作だった。びっくりした。前任者ピアース・ブロスナンのボンドは評判上々ではあったが、作品の出来としては、どれもひどいものだった。「トゥモロー・ネバー・ダイ」が傑作であったのは唯一の救い。そんな中で、地味なダニエル・クレイグがボンドに選ばれ、本国ではボイコット運動まで起きたらしい。私自身、ドクターノーにしか見えんと憤慨していたのだが、制作者の意図は、ニューボンドによって、シリーズの仕切り直しをすることにあったようだ。
  • まずは様々なお約束の打破。映画そのものの構成も大きく変えているし、ミスマニーペニーの不在、Qの不在、つまり秘密兵器の不在。
  • つづいてボンド像の仕切り直し。ボンドの初任務を描くことで、未完成なボンドを見せる。暴走するし、失敗するし、泣くし、困るし、死ぬし。驚くべきは、ピンチの局面にあって、独力で脱出する場面がほとんどない。いろいろな人に助けられ、何とか生き残っている。あまりの格好悪さに愕然とする。キンタマ潰しを描くには、やはりダニエル・クレッグが必要だったのだ、つまりは計算づくの選出だったわけで、あらためて感心する。非難囂々のとき、制作者たちはしてやったりと思っていたのだろう。
  • ボンドが実質的に、傲慢なチンピラとして描かれている一方で、彼の敵役もまたチンピラである。ボンドに対応する形で敵のイメージも変えてしまったのは、うまい。近年のボンド映画における悪役像は「誇大妄想のおかしなヤツ」だった。前作までが、「世界を守るためにボンドと悪役が戦う」図式で展開していたのに対し、今回は悪役の敵がいっぱいいるという設定。その中ではボンドなど取るに足らない存在だったりする。この描き方は、通常のアクション映画としても斬新だった。
  • 近年のボンド映画制作上の問題点は二つ。冷戦の終結による「敵」不足とボンドガールの変質だ。特に困ったのはボンドガールで、女性はすべてボンドに惚れ惚れして、何でも言うことを聞く……展開は時代にそぐわない。近年のボンドガールは、ボンドと対等の活躍をみせなければならず、必然、すごく強くならざるを得なかった。実際、ボンド顔負けの戦士ばかりだったし。今回はボンドとボンドガールでエキスパートの質を変え、「殺し」の経験値の差を利用することで、ボンドガールがボンドに寄りかかる正当性を作りだした。その一瞬を表したシーンはシリーズ中でも屈指の名場面。観る者の記憶に残る。素敵だった。
  • 次回作はこの「カジノロワイヤル」の続編らしい。実に喜ばしい。殺しの許可証を持つ男、ジェームズ・ボンド。そのイメージは「スマートに殺す」とか「とても強い」ではなく「ためらわずに殺す」点にある思う。ダニエル・クレイグのボンドはあらゆる意味で、完璧だった。

 

阪神

拙攻、拙攻。無死二塁、三塁で点が入らん方がどうかしている。監督が会見拒否をしても仕方なかろう。恥さらしめ。ウイリアムスもここらが潮時だと思ったのだろう。無理して出るだけ損だもんなぁ。あ、金本さん、怪我の治療はいいんですか? え? 記録がある? そうか、記録ね……。★☆☆☆★★☆★☆▲☆★★☆★☆★☆★★☆☆☆★★★★★★★★★☆☆☆☆★★★☆☆☆★☆★★★★