- 「ウルトラセブンX」第6話を観る。今回はほとほと困ってしまった。この作品には面識のある方々が関わりすぎている。だからこそ、あまりひいき目にならないよう、冷徹に観賞しようと思っていたのだが、結果として、すごく気に入ってしまったのだ。これほど何も起こらず、動きのないエピソードに、なぜこれだけ見入ってしまったのかは、自分でも謎。
- 個人的な印象で言うなら、お話は、「円盤が来た」そのもの。それを、ロマンチストたちの物語に仕上げたのは、最初からの企みか、監督の手法か。着目すべきはラストで、実際に地球を捨てて旅立ってしまう男。それを見送るセブン。これが、今の世の中の「円盤が来た」なのだなと感心した。旧セブンの時代、宇宙は憧れであり、地球を捨てるなんてことは許されなかった。それが今は平然と許される。ヒーローが見送ってさえくれる。ヒーロー番組から社会性などを語るのはナンセンスだと思っているが、同じテーマを扱うことで「時代の対比」「時代の変化」を見せることは、手法の一つとしてOKだろう。それでなくては、いよいよ「セブン」の名を使う意義が見いだせない。現実逃避を助長しているとの意見もあるようだが、それを受け入れることは、「昭和の価値観をむりやり平成に持ちこんだ歪なウルトラマンを生む」だけだと思う。
- ただ、女バーテンの「宇宙の片隅で……」や男の「それこそが知的生命体……」の部分はセリフとしても演出としてももう一工夫欲しかったかなと思う。特に後者。
- 昭和のウルトラセブンは、二つの要素で構成されている。「実相寺監督のセブン」と「そうでないセブン」だ。私は前者も後者も等しく愛している。ただ「セブンX」が必然として前者に寄ろうとしているのは明らかで、そろそろ、後者のセブンを観てみたい。類人猿とかカッパとか。