- 身内の見舞いに行く。本日が誕生日。81歳か……。最初に倒れたのが69歳だったから、約12年。血と涙を伴って介護していたのは、実質三年くらいだけれど、今の施設が偶然見つかったのが、運命だった。もうはっきり言うけど、あのまま介護してたら、絶対、身内を殺して、俺も死んでいた。施設には感謝してもしきれない。
- 介護のゴタゴタの最中、母方の祖父とは諍いを起こして音信を断った。だから祖父の葬儀にも行かなかった。そのことについて、アメリカに住む叔母が激怒し、メールをだしてきた。いろいろなことが書いてあったが、その中に、「我々がこの危機を団結して乗り越えようとがんばっているときに、あんたは何をしているのか。あんたにとって家族とは何なのか」という一文があった。叔母は私が身内の介護でどんな思いをし、思いをさせられたか(鬱病になって、おまえはバカだとか、おまえは頼りにならないから故郷の伯父に電話してくれとか、すべておまえが悪いどうしてくれる? とかおまえは一族の恥だとか、そんなことを一日中、わめかれたとか、そういうこと)を知っている。そんな者に対し「家族とは何か」という問いを投げつけてくるというのは、あまりにも残酷な話だ。叔母とも音信を断ってもう三年だ。
- 介護によって色々なものを失い、貴重な数年間を無駄にした。それでも、身内は今日も元気だ。